このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集 ルドルフ・ブッフヒンダー(2019-20年)
ベートーヴェン ピアノ協奏曲全集 ルドルフ・ブッフヒンダー(2019-20年)
  • ルドルフ・ブッフビンダー3回目のベートーヴェンのピアノ協奏曲全集
  • ウィーン楽友協会が認めた全曲演奏のサイクルで5人の指揮者、5つのオーケストラとのオムニバス
  • 多様な魅力

ドイツの名ピアニスト、ルドルフ・ブッフビンダー(Rudolf Buchbinder)はベートーヴェンを得意としていて、既にベートーヴェンのピアノ・ソナタは2014年に3回目の全集録音を完了しています。

そしてベートーヴェンのピアノ協奏曲全集のほうも、3回目となる録音を2019年から2020年に成し遂げ、2021年9月3日に輸入盤と国内盤のCDが同時リリースされました。

私はブッフビンダーの存在は知っていましたが、あいにくこれまで演奏を聴いたことがありませんでした。私の場合、新たな演奏家を知るには過去から現在までの膨大な演奏を聴かないと分かった気にならないような感じがして、1人1人を聴くだけでも随分と時間が掛かるためです。

ただ、今回このCDを聴くことにしたのは、レコード芸術2021年10月号の影響です。ルドルフ・ケンペの記事で紹介しましたが、「いぶし銀の指揮者」特集が読みたくて購入したレコ芸で先取り最新盤レヴューでこのブッフビンダーの協奏曲全集が取り上げられていて、そこではの執筆で「とてつもなく豪華なそして充実した全集」とか、

ブッフビンダーが、というより共演者すべてが幸福であったろう時間を美しく収めたこの記録は、長く語り継がれるにふさわしい名演と言っていい。

西村 祐 氏、先取り最新盤レヴュー@レコード芸術2021年10月号

と書いてありました。

ただ、つい先日クリスチャン・ツィメルマンの最新録音であるサー・サイモン・ラトルとロンドン交響楽団とのベートーヴェンピアノ協奏曲全集を聴いたばかり。同じ5曲を聴き比べるのもキツイものがあると思って躊躇したのですが、決定的だったのはマリス・ヤンソンス、アンドリス・ネルソンス、クリスティアン・ティーレマンと、私が最近よく聴く指揮者だったためです。

今回の全集がユニークなのは、指揮者とオーケストラが同じではなく、5曲で全部違うこと。普通は指揮者とオーケストラとピアニストの三者固定で5曲のピアノ協奏曲を録音して全集とすることが多いのですが、今回は、5人の指揮者、5つのオーケストラとの協演であることです。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が本拠地として使うムジークフェラインザール(ウィーン楽友協会・大ホール)のある建物を持つ団体「ウィーン楽友協会」が、ベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲を大ホールで演奏する栄誉をブッフビンダーに与えたチクルスなので、ウィーンフィルによる5曲の演奏でも良かったのではと思うのですが、ドイツ・グラモフォンも万全の体制でそれをサポートし、名指揮者を5人、そしてそれぞれの指揮者が率いる(首席指揮者がいないウィーンフィルの場合はムーティが名誉団員を務める)オーケストラを5つ揃えています。

演奏作品と指揮者・オーケストラの情報は以下のとおりです。

作品オーケストラ録音場所録音日
ピアノ協奏曲第1番 Op.15アンドリス・ネルソンス指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ウィーン楽友協会・大ホール2019年10月
ピアノ協奏曲第2番 Op.19マリス・ヤンソンス指揮
バイエルン放送交響楽団
ウィーン楽友協会・大ホール2019年10月
ピアノ協奏曲第3番 Op.37ヴァレリー・ゲルギエフ指揮
ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会・大ホール2019年11月
ピアノ協奏曲第4番 Op.58クリスティアン・ティーレマン指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
ドレスデン・クルトゥーアパラスト2020年10月
ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 Op.73リッカルド・ムーティ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン楽友協会・大ホール2019年12月
ルドルフ・ブッフビンダーの3回目のベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の情報

ただ、一つだけウィーン楽友協会の演奏でないものがあります。第4番です。2020年5月に予定していたシュターツカペレ・ドレスデンとのムジークフェラインザールでのコンサートですが、新型コロナウイルスの影響で延期となり、2020年10月にドレスデンでの演奏となりました。もはやウィーン楽友協会は関係ないですね。

こちらは、CDの内側のジャケット写真です。

ルドルフ・ブッフヒンダー3回目のベートーヴェン ピアノ協奏曲全集のCD内側のジャケット
ルドルフ・ブッフヒンダー3回目のベートーヴェン ピアノ協奏曲全集のCD内側のジャケット

左上がクリスティアン・ティーレマン(第4番をシュターツカペレ・ドレスデンと)、右上がヴァレリー・ゲルギエフ(第3番をミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団と)、真ん中がアンドリス・ネルソンス(第1番をライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団)、左下がリッカルド・ムーティ(第5番をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と)、そして右下がマリス・ヤンソンス(第2番をバイエルン放送交響楽団と)です。

まさに現代を代表する指揮者ばかりですね。ヤンソンスは惜しくも2019年11月30日に心不全で逝去してしまいますが、その1ヶ月前の演奏となりました。

第1番はアンドリス・ネルソンスと彼がカペルマイスターを務めるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との2019年10月のライヴ録音。

ネルソンスは人気も実力もある指揮者で、世界の名オーケストラから引く手あまたの指揮者ですが、ライヴ録音を主とするネルソンスは演奏の数だけ録音も多く、水準には結構ムラがあります。ボストン交響楽団とのショスタコーヴィチの交響曲チクルスは定評がありますが、エレーヌ・グリモーとのブラームスのピアノ協奏曲全集とか、ゲヴァントハウス管とのチャイコフスキーの後期交響曲とかはうわべの響きは良いですがまだ作品の核には達していない感じがしました。

この第1番でも筆跡が粗いというか、アンサンブルと残響が少し雑なところがあります。次の第2番のマリス・ヤンソンスと比べるとディテールが甘いなぁという印象。

ピアノ協奏曲第2番は2019年10月28日のマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団との協演。ヤンソンスはこの後11月8日のニューヨーク・カーネギーホールでの演奏会を最後に体調悪化のためそれ以降のコンサートをキャンセルし緊急帰国しましたが、そのまま11月30日にロシア・サンクトペテルブルクの自宅で逝去します。

番号は2番ですが5曲の中では一番最初に作曲されたピアノ協奏曲がこの第2番。初期の作品で第3番以降に比べるとモーツァルトらしさもあり軽やかな曲なのですが、このヤンソンス/バイエルン放送響の演奏を聴くとこの全集の中で一番充実しているのがこの第2番でしょう。

体調不良でキャンセルすることも多かった最晩年のヤンソンスですが、熟成された音楽作りで細部までバイエルン放送響と究極の音楽を生み出しています。ブッフビンダーのピアノとヤンソンス/バイエルン放送響の相性もバッチリです。

5曲の中で最も驚いたのが第3番。誰が指揮しているのかとトラック情報をチェックしたら、ヴァレリー・ゲルギエフでした。

テンポは落ち着いているのですが、音のうねりを生み出すのが見事です。この曲だけなぜか音質が若干劣るのですが、ブッフビンダーのピアノとも相性の良いオーケストラの演奏で、さすがのコンビネーションだと思いました。

第4番はクリスティアン・ティーレマンと、彼が首席指揮者を務めるシュターツカペレ・ドレスデン(略してSKD)との演奏。

元々2020年5月にムジークフェラインザールで演奏される予定でしたが、コロナ下のために延期となり、2020年10月にドレスデンのクルトゥーアパラスト(Kulturpalast、文化宮殿とも言われます)での演奏となりました。

ティーレマンらしからぬと言ったら失礼かもしれませんが、骨太の響きを引き出す指揮者にしてはだいぶ手加減した演奏で、繊細な美しさも出していますが、この華麗な第4番だとティーレマンの持ち味が出づらいなという印象。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲で数々の名演を遺してきたウィーンフィルが今回演奏したのは第5番「皇帝」。ムーティが指揮するとウィーンフィルはより伸びやかになるのですが、この「皇帝」でも第1楽章をしっとりとポルタメントを効かせてきます。しかしフォルティッシモ(ff)ではスフォルツァンド(sfz)を掛けるようにウワッと急激に強く演奏します。なかなか個性的ですね。

ただ、ブッフビンダーのピアノはベチャっとさせずに粒をしっかりと立てた奏法なので、滑らかなオーケストラと音が混じり合いません。

私個人的な考えだと、第4番と第5番で演奏者が逆のほうが良かったかなと思います。ティーレマンとSKDは「皇帝」の壮大な曲のほうが適していますし、ムーティとウィーンフィルのこのしっとりさで演奏するなら第4番のほうが合っていたと思います。

現代を代表するベートーヴェン弾きのルドルフ・ブッフビンダーによる3回目のピアノ協奏曲全集。5人の名指揮者、5つの名門オーケストラとの違いも楽しめるユニークな全集です。レコ芸では「長く語り継がれるにふさわしい名演」と絶賛されていましたが、私の感想では、曲ごとに指揮者とオーケストラが異なるオムニバスならではの弱点が出てしまったかなと思いました。

オススメ度

評価 :4/5。

ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー
指揮とオーケストラ:
 アンドリス・ネルソンス&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(第1番)
 マリス・ヤンソンス&バイエルン放送交響楽団(第2番)
 ヴァレリー・ゲルギエフ&ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(第3番)
 クリスティアン・ティーレマン&シュターツカペレ・ドレスデン(第4番)
 リッカルド・ムーティ&ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(第5番)
録音:2019年10月(第1番, 第2番), 2019年11月(第3番), 2019年12月(第5番), ウィーン楽友協会・大ホール(ライヴ)
2020年10月(第4番), クルトゥーアパラスト(ライヴ)

iTunesおよび上記タワーレコードの製品ページから試聴可能。

新譜のため未定。

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コメント数:2

  1. 今回初めて1番から5番まで順に通しで聴いてみました。1番や2番はやはりハイドンとかモーツァルトっぽさを残っているのが、だんだんベートーヴェンらしくなってくるのがわかりました。(ハイドン・モーツァルトも知っている曲はごく僅かなのですが)ピアノのブッフビンダーは今回名前を知りました。素晴らしい演奏だと思います。指揮者とオケがそれぞれ違うのも一興でした。個人的は4番が好みでした。曲が華やかな感じで好きなのかもしれませんが、指揮が先日ブルックナーの4番で聴いたティーレマンということで、この指揮者の演奏をもっと聴いてみようかと思います。5番はマイクのセッティングなのか、木管楽器の直接音が弱いのが少し不満でしたが、ピアノが主役なのでこれでいいんだろうなとは思います。

    • XIZEさま
      コメントありがとうございます。
      おっしゃるとおりベートーヴェンのピアノ協奏曲は古典的な名残のある第1番、2番と、ベートーヴェンらしい3番、5番、そして斬新な4番と、それぞれの個性が光っています。
      ピアノとコーラスが加わる合唱幻想曲Op.80もありますが、後期のピアノ協奏曲が無いのが惜しいところで、ピアノソナタ第30番〜32番でたどり着いたあの世界をピアノ協奏曲だったらどう表現されるのか気になるところです。
      ピアノとオーケストラが溶け合う第4番は本当に素晴らしい曲だと思います。
      私はティーレマンはオペラを観るほうが多いですが、中でもベートーヴェン、ヴァーグナー、ブルックナーは流石だと思います。

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