このアルバムの3つのポイント
- ザルツブルク音楽祭2020のティーレマンとウィーンフィルのライヴ録音
- ヴァーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」とブルックナーの交響曲第4番
- 対向配置によるこだわりのフォーメーションでしなやかに太く
クラシック音楽の夏の重要イベント、ザルツブルク音楽祭
毎年夏におこなわれるクラシック音楽のイベントの中でも、ヴァーグナーの楽劇が上演されるドイツのバイロイト音楽祭、スイスの避暑地でおこなわれる極上の音楽の饗宴ルツェルン音楽祭、そしてオーストリアのザルツブルク音楽祭はとりわけ重要です。
コロナ禍もあって2020年の音楽祭は中止・延期が相次ぎました。ショパン・コンクールは1年後に延期になり、今まさに三次予選まで終了したところです。バイロイト音楽祭も2021年に延期になりました。ただ、ルツェルン音楽祭とザルツブルク音楽祭はコロナ対策を徹底して実施されました。
また、こちらの記事で書きましたが、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の2020年11月の来日公演では1週前に開催が決定され、オーストリアからチャーター機での移動、ホテルとコンサート会場だけを行き来するだけ、新幹線での国内移動は車両を貸し切る、など厳しい条件で来日を果たし14日間の隔離期間も免除での異例の対応となりました。オーストリアは政治主導でクラシック音楽の活動を守る意向がとても強いと感じました。
2種類あるティーレマン/ウィーンフィルのブルックナー「ロマンティック」録音
ザルツブルク音楽祭2020でウィーンフィルはクリスティアン・ティーレマンを指揮者に迎え、ヴァーグナーのヴェーゼンドンク歌曲集とブルックナーの交響曲第4番を演奏し、これがC Majorレーベル(映像権はUNITEL)からDVDとBlu-ray Discでリリースされています。
また、ティーレマンとウィーンフィルは2019年からブルックナーの交響曲チクルスを始めていて、ブルックナーの生誕200年である2024年への完成へ向けて着々と進めています。2019年10月に交響曲第8番を、2020年11月に交響曲第3番「ヴァーグナー」を無観客で、それぞれムジークフェラインザールでライヴ録音していて、ソニークラシカルからリリースされています。
演奏順としては第3番と前後してしまいましたが、第3弾のリリースとなったのが交響曲第4番「ロマンティック」で、2020年8月にザルツブルク音楽祭でライヴ録音されたもの。これもUNITELから権利を受けてソニークラシカルからCDでリリースされています。
ティーレマンとウィーンフィルの「ロマンティック」交響曲は映像か音声だけの2種類が出ているわけです。私は迷わず映像のほうを購入しました。やっぱり演奏は目で観て演奏家の表情や会場の熱気も味わいたいですし、特にオーケストラ演奏では指揮者の指揮スタイルや楽器の配置の情報も得られますので、重宝しています。
学生のときはアルバイトで得られる収入の中でのやりくりだったので単価が安くてボリュームのある輸入盤CDボックスや1枚千円前後のCD分売を買い集めていて映像作品を買ったことなど一度もなかったですが、もっと早くから映像で観ておけば良かったなと思います。
ヴァーグナーのヴェーゼンドンク歌曲集
プログラムの前半はリヒャルト・ヴァーグナー作曲フェリックス・ヨーゼフ・フォン・モットル編曲の「ヴェーゼンドンク歌曲集」WWV91。これは2012年のザルツブルク音楽祭でもマリス・ヤンソンスが指揮してウィーンフィルが演奏していましたね。こちらの記事で紹介しましたが、プログラム最初のR.シュトラウスの「ドン・ファン」からアクロバティックな指揮で熱い演奏を披露し、続くヴェーゼンドンク歌曲集で少ししっとりさせてから、また後半にブラームスの交響曲第1番で熱演をおこなっていました。
今回のヴェーゼンドンク歌曲集でのメゾ・ソプラノ独唱はエリーナ・ガランチャ。マリス・ヤンソンスやアンドリス・ネルソンスと同様にラトヴィアの出身の音楽家です。ティーレマンとは、2010年2月のドイツ、ゼンパー・オーパーでのシュターツカペレ・ドレスデンとのベートーヴェンのミサ・ソレムニスでの演奏でも共演していました。こちらの記事で少し紹介しています。
純白でフリルの付いたトップスに薄ピンク色のスカートでキュートな装いでしたが、衣装のイメージとはうらはらに歌声は芯があって力強く、オーケストラの柔らかい響きと対比的でした。
歌が入るとオーケストラが気持ち遠慮がちで静かになってしまったので、ヴァーグナー指揮者のティーレマンらしい堂々たる力強い響きも聴きたかったなぁとは思いました。
後半はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」
プログラム後半はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。
ティーレマンがユニークなところは伝統的な演奏にこだわるところ。「保守的」とも「懐古主義」とも言われることがありますが、新しい研究成果を取り入れた演奏が浸透する中、ティーレマンは頑なに伝統にこだわります。楽譜についても、2008年から2010年のウィーンフィルとのベートーヴェン交響曲全集では、「ベーレンライター新校訂なんて何それ」と言わんばかりにブライトコプフ版の旧全集版を使い、オーケストラの配置も第2ヴァイオリンが指揮者の右手に来る対向配置(両翼配置)での演奏でした。
ティーレマンは首席指揮者を務めるシュターツカペレ・ドレスデンと2012年から2019年にブルックナーの交響曲全集をライヴで映像作品として完成させていますが、そのときもノーヴァク新校訂版ではなくなるべくハースの旧校訂版を使っていた演奏でした。
ウィーンフィルとのブルックナー・チクルスでも、第8番が第2稿ハース校訂版、第3番「ヴァーグナー」が最終稿の第3稿ではなく第2稿ノーヴァク校訂版と、こだわりのチョイスをおこなっています。
今回の第4番「ロマンティック」についても、ハース校訂の1880年版第2稿(1936年出版の旧全集版)を使用しています。
約30年ぶりのウィーンフィルの「ロマンティック」の録音
ウィーンフィルにとって「ロマンティック」の録音は意外にもクラウディオ・アバドの1990年(ノーヴァク校訂版)以来の30年ぶりの録音だそうです。FC2ブログ記事で紹介しましたが、アバドとウィーンフィルのブルックナー・チクルスは私の中では「事件」だと思っていて、ブルックナーを演奏するのに理想的なオーケストラであるウィーンフィルを指揮したにも関わらず、アバドの激しさが強すぎてブルックナーをぶち壊してしまったと思います。結局全集にならないで終わってしまいました。ただ、アバド晩年のルツェルン祝祭管との交響曲第5番(2011年)は筆舌に尽くしがたい素晴らしいものでした。
またウィーンフィルの「ロマンティック」と言えば、カール・ベームが指揮した1973年の名盤中の名盤があります。これ以上の演奏は望めないのでは思うぐらい私の中で何度も聴いている愛聴盤です。
さて、ティーレマンはこちらの記事で紹介したように、2015年5月にバーデン=バーデン祝祭歌劇場でシュターツカペレ・ドレスデンともライヴ録音しています。こちらもハース版を使った演奏で、演奏時間の実測値は以下のとおりです。トータルで見るとあまり大きな違いはないですね。
ティーレマンの演奏 | 第1楽章 | 第2楽章 | 第3楽章 | 第4楽章 |
---|---|---|---|---|
シュターツカペレ・ドレスデン(2015年5月) | 18:46 | 16:36 | 11:01 | 22:54 |
ウィーンフィル(2020年8月) | 19:07 | 15:58 | 10:57 | 22:50 |
対向配置のオーケストラ
オーケストラのフォーメーションは交響曲第3番「ヴァーグナー」の映像で確認したときと同じく、対向配置(両翼配置)。第2ヴァイオリンが指揮者の右手に位置しています。ティーレマンこだわりの伝統的な配置です。ただ、ムジークフェラインザールではコントラバスが最後方に並んで低音を奥から響かせていましたが、ザルツブルク祝祭劇場のスペースの関係でしょうか、今回はコントラバスが左手奥にいます。
最後方にはホルン、トランペット、トロンボーンなどの金管がずらっと並んでいます。この配置を見るだけでも、ティーレマンがこの曲を壮大に演奏しようと考えたことがうかがえます。
参考ですが、こちらが2015年5月にティーレマンがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮して「ロマンティック」を演奏したときのフォーメーションです。このときも対向配置で、コントラバスが左奥も一緒ですが、金管はホルンが右奥で3列、トランペットやトロンボーンは後方にいて、その前2列にファゴット、フルートなどの木管がいます。そしてティンパニはポツンと最後方にいました。
今回のウィーンフィル@ザルツブルク音楽祭2020では、全体的に指揮者との距離が縮まり、木管とティンパニが少し手前に来ることで金管に飲み込まれないようにし、金管は横に一列になることで壮大な響きが出るようになっているのではないでしょうか。
ウィーンフィルの響き
第1楽章は演奏時間としてはウィーンフィルとの演奏のほうが20秒ほど多く掛かっていますが、冒頭は結構違いがあります。ドレスデンとはゆったりとホルンの旋律を始めましたが、ウィーンフィルではホルン奏者のロナルト・ヤネツィク(Ronald Janezic)がまろやかなウィンナホルンであまり溜めを効かせずにさっと行ってしまいます。
不躾ながら、ヤネツィクを最初見たときにスパイ映画の007(ダブルオーセブン)のジェームズ・ボンド役を務めているダニエル・クレイグに似ていてハードボイルドだなと思いましたが、演奏はとても柔らかいですね。
黒のテープがホルンを補修しているのか滑り止めなのか、少し気になりました。
弦のトレモロでかすかに聴こえる細かい霧のような中で、ウィンナホルンの響きがこだまします。それをフルートがこれまた優しい音色で引き継ぐのですが、この柔らかさはウィーンフィルならではでしょう。ドレスデンとの演奏では「ザラザラ」とか「ゴツゴツ」とした触感がしてあまり良いとは思えなかったのですが、オーケストラがウィーンフィルに変わることでまろやかになっています。
さらっと流すことでティーレマンはこの作品を単なる牧歌的な音楽にしません。テンポを加速して一気に大スケールでトゥッティに持っていきます。
ウィーンフィルはベルリンフィルやアメリカのオーケストラと比べると金管が弱いというか、パワフルな演奏よりも雅な演奏を得意とする印象がありますが、今回は金管がずらっと並ぶことで左右のどちらからも金管が力強く(けれどキンキン鳴りすぎない程度)に聴こえますし、ティンパニがやや手前に来ることで、高速連打も炸裂してよく聴こえてきます。
さすがティーレマン…壮大なロマンティック
私は「ロマンティック」については前述したベーム指揮ウィーンフィル(1973年)やヤンソンス指揮バイエルン放送響(2008年)のような牧歌的なのどかな演奏が好みなのですが、このティーレマン&ウィーンフィルの演奏を聴いてなるほど、こういうアプローチも良いなと思うように。ロマンティックどころか非常に「壮大」です。
その理由はティーレマンの指揮スタイルにもあるでしょう。指揮者は上から下に手を振る事が多いですが、ティーレマンの指揮スタイルは独特で、下から上に持ち上げるように腕を振ります。なので流麗さは失われるところもありますが、地面からこみ上げるような骨太の響きが出ます。
また、ティーレマンのコントロールも見事でしょう。細部にまで渡ってティーレマンの意思がオーケストラに浸透しています。いつものムジークフェラインザールではなくてザルツブルク音楽祭という特別な舞台ということもあってティーレマンの強い意気込みを感じました。
まとめ
クリスティアン・ティーレマンとウィーンフィルによるザルツブルク音楽祭2020のライヴ録音。映像で観ると情報たっぷりのヴェーゼンドンク歌曲集とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」でした。
オススメ度
メゾ・ソプラノ:エリーナ・ガランチャ
指揮:クリスティアン・ティーレマン
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2020年8月21日&22日, ザルツブルク祝祭劇場(ライヴ)
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試聴
iTunesで試聴可能。
また、C Majorの公式YouTubeチャンネルで動画の視聴可能。
受賞
新譜のため未定。
コメント数:2
ブルックナーの 4番だけ、リンクから Apple Music で聴きました。若いころキチンと聴けてなかった曲ですが、今回オススメ度5でしたので、改めてちゃんと向き合ってみました。まず録音が良くて、ヘッドホンで聴いているのですが、耳が疲れません。Apple Music でも 24bit /96kHz のハイレゾロスレスで聴けます。イントロの弦のトレモロの粒立ちが良く、霧が晴れてお日さまが出てからも、空気が澄み切った感じで周りの見通しがすごく良いです。じっくり聴いたら、曲もすごく好きになりました。これからしばらく、あの 2+3連符のリズムが頭から離れないかもしれません。本当に壮大な演奏で、またハーモニーやバランスが絶妙だと思いました。動画でサワリを見てからなので、雰囲気を想像しながら聴くことができましたが、BDとちゃんとした視聴環境が欲しくなりました。
ロマンチック 所属オケで今年やりますヴァイオリンです。ウィンフィルで何度も聴いてキザミの練習しております。ピアニシモでも響く様に難しい!