ウィーンの香り引き立つオーソドックスなベートーヴェン交響曲全集 カール・ベーム/ウィーンフィル(1970-72年)

ベートーヴェン交響曲全集 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970-72年)

このアルバムの3つのポイント

ベートーヴェン交響曲全集 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970-72年)
ベートーヴェン交響曲全集 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970-72年)
  • ベームとウィーンフィルの黄金時代の演奏
  • 足しも引きもしない、オーソドックスなベートーヴェン
  • 第九はレコードアカデミー賞受賞!

20世紀を代表する指揮者の一人、カール・ベーム(1894-1981年)。2年前の2019年は生誕125周年でしたが、今年(2021年)は没後40周年のアニバーサリー。

クラシック音楽業界では毎年、作曲家や演奏家のアニバーサリーを謳って、レコーディングの企画盤を発売したり、再マスターした高音質のレコーディングを販売したりして活性化させていますが、ベームに関しては2019年に高音質のSHM-CDが多くリリースされたり、今年の没後40周年でもSACDやSHM-CDの高音質CDが続々と出ています。

そして9月中旬にデッカとフィリップスでの録音全集(CDが38枚とBlu-ray Audioが1枚)、さらに10月中旬にドイツ・グラモフォンでの管弦楽曲のレコーディング全集がCD67枚とBlu-ray Audioの1枚のボックスでリリースされます。

ドイツ=オーストリア音楽を語る上で外せない指揮者がベームですが、特にドイツ・グラモフォンで録音したベルリンフィルとのモーツァルトの交響曲全集、シューベルトの交響曲全集、さらにウィーンフィルと録音したベートーヴェンの交響曲全集、ブラームスの交響曲全集は今でも根強い人気があります。

ベームは1970年から72年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してベートーヴェンの交響曲全集レコーディングしています。

同じ時代に活躍してライバル関係にあったヘルベルト・フォン・カラヤンは音声だけでも4度のベートーヴェン交響曲全集を完成させており、特にそのうち3度のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との録音はドイツ・グラモフォンで1960年代、70年代、80年代にそれぞれおこなっています。さすがに3つの交響曲全集を度々再リリースするのは難しいようで、特に80年代の録音はCDだと入手困難になってしまい、私も再購入してじっくり聴き直したいのですが、なかなかその機会が来ません。

その一方でベームのベートーヴェン交響曲全集は1度だけなので、度々再リリースされています。2013年の輸入盤のCD BOXもまだ在庫がありますし、2018年に出た国内盤のSACDの全集もあり、さらに2019年にリリースされた国内盤のSHM-CDの分売もあります。第6番「田園」と第8番だけ2016年にSHM-CDが出たので2019年は普通のCDでのリリースでした。

今回、ベーム没後40周年なのでベートーヴェンの全集を聴き直そうと思い、SHM-CDの分売を買い直したのですが、買った数日後にドイツ・グラモフォン管弦楽曲レコーディング全集のリリースが発表されました…。

こちらも買わざるを得ないので、ベートーヴェンがまるまる重複してしまいます。ただ、レコーディング全集だと普通のCDなので、SHM-CDのベートーヴェン交響曲全集なら持つ価値があると考えることにします。

そして聴き直したベーム/ウィーンフィルのベートーヴェン交響曲全集。これまでは偶数番号の交響曲が良い、というイメージだったのですが9つ全てを聴くと、新たな感動がありました。

分売のSHM-CDのうち、2019年にリリースされた5枚を聴いてまず驚いたのは高音質。これまでベームのベートーヴェンの全集は1970年代のドイツ・グラモフォンでのレコーディングとあって、少しこもったような、突っ張った感じがしました。なのでダイナミックが少ない分、演奏が少々こじんまりとしている印象がしたものでした。

それがこのSHM-CDでは、まるで現在のレコーディングの新譜を聴いているかのような、透き通った空気感まで伝わってきます。同じウィーンフィルで2017年から2019年にアンドリス・ネルソンスが指揮したベートーヴェンの交響曲全集をこちらの記事で紹介しましたが、それよりも47年も前のベームの録音も音質で遜色ないように聞こえます。2018年にDSDマスターされた音源を使ったということですが、ここまで良くなるなんてすごい驚きました。

ただ、2016年にリリースされた「田園」と第8番のSHM-CDは明らかに聴き劣りしますね。下記の第6番の説明にも書いていますが、いくらSHM-CDでも、最新のリマスタリングから音源を取っていないと意味がないということに気付きました。

ベームのベートーヴェン全集は、確かに「田園」では以前から素晴らしいと思っていましたが、他の交響曲、特に第5番「運命」や第7番はこのリマスタリングされたSHM-CDのおかげで再発見をすることができました。

ベートーヴェン交響曲第1番・第2番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)
ベートーヴェン交響曲第1番・第2番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)

初期の交響曲の第1番と第2番は、指揮者の中でも全集で録音順番が後回しにされがちな作品ですが、ベームとウィーンフィルは他の交響曲と同じ1971年9月にレコーディングをしています。

私もいつもは全集の中で最後に聴くのですが、今回はベームということで最初から聴いてみました。というのも、ベームはモーツァルトやシューベルトでも、独自のクセが少なく、素朴な作品だからといって味付けを濃くすることもありません。ごまかさないというか、作品本来の姿を描くのが上手いです。

CDの説明には「いずれ(第1番と第2番)もベーム唯一の録音です。」と書いてありますが、正規録音では確かにそのとおり。しかし、第2番については1968年8月のザルツブルク音楽祭でのベルリンフィルとのライヴ録音(Testamentレーベル)、晩年の1980年8月17日のザルツブルク音楽祭でのライヴ録音(Orfeo D’orレーベル)、1980年10月6日の来日公演での昭和女子大学人見記念講堂でのライヴ録音(Altusレーベル)もあり、演奏会では度々演奏しています。

この2つの交響曲でも期待を裏切らない良い演奏です。ウィーンフィルとの美しい響きを活かして理想的な演奏をおこなっています。

ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)
ベートーヴェン交響曲第3番「英雄」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)

ベームとウィーンフィルのこの全集は「偶数番号が良い」というのが多い意見ですが、交響曲第3番「英雄」についてはどうでしょうか。確かに他の指揮者のほうが劇的な表現や圧倒的なパワーで演奏したものもあります。ベーム自身も1961年にベルリンフィルを指揮して録音した「英雄」では、ベルリンフィルの良き時代の重厚なサウンドで力強く、そしてメロディラインがはっきりと浮き出た立体的な響きがしました。

それに対してこの1971年9月のこの「英雄」では、オーケストラがウィーンフィルになったために柔らかい響きに変わり、解釈はとてもオーソドックス。激しくもないしテンポを煽ることもしません。力強いベルリンフィルとの違いが出ています。ただ、気品があってこれぞウィーンの香りという感じがします。特に第2楽章はオーボエやクラリネットの切ない美しさが際立っています。

カップリングされているのが劇音楽「エグモント」Op.84の序曲。悲劇的でいかにもベートーヴェンらしい作品ですが、ベームとウィーンフィルはパワーで圧倒するのではなく、ゆっくりとしたイン・テンポで客観的に演奏していきます。ここでもウィーンフィルのヴァイオリンの美しさはさすがですが、新即物主義的な感じはします。

ベートーヴェン交響曲第4番・第5番「運命」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970-71年)
ベートーヴェン交響曲第4番・第5番「運命」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970-71年)

交響曲第4番は秀逸の演奏でしょう。はつらつとしながらも、しっとりとした美しさもあります。ベームの偶数番号はやはり良いと思います。

交響曲第5番「運命」は、第九とともに1970年4月に先に録音されたもの。録音場所もムジークフェラインザール(楽友協会・大ホール)ではなくてジンメリンガーホフ(Simmeringer Hof、ジメリンガーホフやジメリンガーホーフという表記もあります)という場所です。

「運命」の冒頭から注意して聴いてみると、他のどの演奏とも違います。細い線でタタタターンと演奏されるのですが、それがやけに表情が暗いのです。ドイツのオーケストラが得意とする重厚感ある「運命の動機」とも違いますし、アメリカのオーケストラが演奏するようなパワフルな動機とも違います。しっとりと暗い質感で奏でられる動機には、ハッとさせられました。なかなか燃え上がらな第1主題の中で、ホルンが明るく差し色を添えます。すると第2主題がパッと花開き、ここではウィーンの香りがふわっと漂ってきます。

ことさらに運命の動機を強調するわけでもないベームの演奏は、「運命」らしくはないのかもしれませんが、作品に余計な味付けをしなかったベームらしいオーソドックスな解釈だと思います。

ベートーヴェン交響曲第6番「田園」・第8番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971-72年)
ベートーヴェン交響曲第6番「田園」・第8番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971-72年)

ただ、2019年にリリースされた「カール・ベーム定盤Premium」では2018年に制作されたDSDマスターからSHM-CD化されたので音質がかなり良かったのですが、「田園」と第8番のアルバム(UCCS-9102)だけSHM-CDではない普通のCDでした。

せっかくなので高音質CDで聴きたいと思い私は2016年にリリースされた「ドイツ・グラモフォンBEST 100 Premium」の中のSHM-CD(UCCG-51004)を購入したのですが、「カール・ベーム定盤Premium」と比べても明らかに音質が劣っています。音がこもっていて、他の交響曲にあった透き通った空気感や、はつらつとした明るい音色が薄れてしまっています。

2020年にリリースされた「田園」と第8番のアルバム(UCCG-41004)はいつのリマスタリングかは書かれていないのですが、UHQCD x MQA-CDという高音質なのでそちらのほうが良いのかもしれません。

ただ、演奏自体はどちらも素晴らしく、「田園」についてはベーム/ウィーンフィルの録音は名盤・定盤としてあまりに有名で、この曲だけでも何回もCDが再リリースされています。先にこちらの記事で紹介しましたが、ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」と並んで、この「田園」についてもベーム/ウィーンフィル盤は私の中ではマスト・アイテムです。

そして第8番については、意外にも全集の最後の1972年9月に録音されたもの。こちらもウィーンの香りが引き立っている名演でしょう。残念ながらUCCG-51004のSHM-CDでは、冒頭から強音域で音質が粗いまま突っ走っていってしまうのですが、今後出るカール・ベーム ドイツ・グラモフォン管弦楽全集も聴いてみて音質が改善されているか確認しようと思います。

この曲はカルロ・マリア・ジュリーニ指揮ミラノ・スカラ座の録音を愛聴していますが、このベーム/ウィーンフィル盤も高音質のものを手に入れたら聴き続けようと思います。

ベートーヴェン交響曲第7番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)
ベートーヴェン交響曲第7番 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1971年)

第7番は奇数番号の中では私が一番気に入った演奏です。第1楽章や第4楽章のフィナーレに注目が行きがちですが、最も聴きどころだと思ったのが第2楽章。冒頭の絶妙な弱音を、軽いのですが、軽すぎず、浮くようで漂うような不安感もあり、徐々にクレッシェンドしていくヴァイオリンの旋律にしっとりとした美しさを引き出しています。旋律が編み物のように緻密に織りなしています。

カップリングされているのが、『コリオラン』序曲Op.62とバレエ音楽『プロメテウスの創造物』Op.43の序曲。豊かな響きで内容の濃い演奏だと思います。『コリオラン』での低弦の旋律がしっかりと引き出されているのが良いですね。『プロメテウス』も素晴らしいハーモニーです。

ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970年)
ベートーヴェン交響曲第9番「合唱付き」 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1970年)

この第九のアルバム単独で、1970年度の日本のレコードアカデミー賞「交響曲部門」を受賞しています。

ベームの第九と言えば、1963年7月のバイロイト音楽祭でのライヴ録音1963年11月の来日公演での日生劇場でのライヴ録音、そして1980年11月のウィーンフィルとの再録音とありますが、最もオーソドックスなのがこの1970年のウィーンフィルとの録音でしょう。私はバイロイト盤がフルトヴェングラーを彷彿とさせるかのようにティンパニを炸裂させていて一番衝撃を受けましたが。

第1楽章や第2楽章ではトランペットを少し強調していますが、ウィーンの豊かな響きで演奏されていきます。聴きどころは第3楽章でしょう。これほどまで美しい演奏は他に聴いたことがありません。第4楽章も、声楽や合唱も申し分ないです。

カール・ベームがウィーンフィルと録音したベートーヴェンの交響曲全集。約50年前の録音ですが、高音質で現代に蘇っています。足しも引きもしないオーソドックスなベートーヴェン。黄金時代のウィーンフィルの美しくも素朴な響きで今でも理想的な演奏だと思います。数ある交響曲全集の聴き比べで基本になるのがこのベーム盤でしょう。

オススメ度

評価 :5/5。

指揮:カール・ベーム
ソプラノ:ギネス・ジョーンズ(第9番)
アルト:タティアーナ・トロヤノス(第9番)
テノール:ジェス・トーマス(第9番)
バス:カール・リッダーブッシュ(第9番)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団(第9番)
録音:1970年4月(第5番, 第9番), ジンメリンガーホフ
1971年5月(第6番), 1971年9月(第1番, 第2番, 第3番, 第4番, 第7番, エグモント序曲, コリオラン序曲, プロメテウス序曲), 1972年9月(第8番), ウィーン楽友協会・大ホール

iTunesで試聴可能。

第6番「田園」のアルバムが1971年のオランダのエジソン賞を受賞。

第9番「合唱付き」のアルバムが日本の1970年度レコードアカデミー賞「交響曲部門」を受賞。

「ウィーンの香り引き立つオーソドックスなベートーヴェン交響曲全集 カール・ベーム/ウィーンフィル(1970-72年)」への4件のフィードバック

  1. クライバーフェチ

    ムジカじろう様が書かれたベーム指揮ウィーン・フィルの記事に刺激されて、私も久々に2番、4番をじっくり聴き込んでみました。
    やはり素晴らしいですね。スケールが大きい。テンポに揺らぎがない。隈取りがはっきりしていて曖昧な表現がない。どんな作曲家のどんな作品を指揮してもいつもベーム。
    1980年に録音されたザルツブルク音楽祭での録音も聴きました。齢を重ねたせいか全体的にテンポはゆったり目ですが、全くもたれず、前述したベームの特徴がむしろはっきりと刻印されています。
    第4もほぼ同じ印象。第1楽章冒頭、アダージョの導入部をこれほど味わい深く演奏した例を他に知りません。主部も堂々と落ち着いたテンポで進みます。安定感と安心感は唯一無二。ベームだから出来る至芸でしょう。
    第2楽章は私の最も好きな演奏。この格調の高さはベームにしか出し得ません。
    ベートーヴェンの偶数番は、ワルターやイッセルシュテットも好みですが、有機的アンサンブル、味わい深い鄙びた音色、微妙なニュアンス、そして何より指揮がオーケストラにどれだけ深く浸透しているか、等々のパラメータを比較するとやはりベームが突出しているように思います。
    8番も再聴してみます。
    長文失礼致しました。

    1. ムジカじろう

      クライバーフェチ様、コメントありがとうございます。
      記事を機に久々にじっくり聴きこまれたとのこと、嬉しい限りです。
      指揮がオーケストラに浸透しているか、というのは良い表現ですね。
      ウィーンフィルのベートーヴェン交響曲全集はこの後もバーンスタイン、アバド、ラトル、ティーレマンなど出てきますが、このベームが最も深く浸透しているように思えます。
      最初は物足りなく感じた奇数番の交響曲でしたが、今回改めて聴き直してみると再発見することが多くありました。

  2. クライバーフェチ

    ムジカじろう様 
    お忙しいところご返事頂き恐縮です。
    貴サイトの大きさと厚みに改めて驚嘆しています。読み応えがあり、画像も美しい。そして何より貴殿の膨大な知識量。全く抵抗なく読めるのでとても勉強になりますし刺激になります。これからもよろしくお願い致します。

    1. ムジカじろう

      クライバーフェチ様
      ありがたいお言葉、本当にありがとうございます。
      仕事の傍ら、実は他にも2つジャンルの違うWebサイトを運営していまして、どのように記事を書く時間を作るか試行錯誤の日々です。
      前身のFC2ブログでは文字メインで書いていましたが、音楽の感想をなるべく視覚的に表そうと意識しています。
      これからもよろしくお願いいたします。

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