このアルバムの3つのポイント
- アバドがたどり着いたマーラーの境地!
- ルツェルン音楽祭でのライヴ
- 映像による交響曲第1番〜第7番、第9番
ベルリン後のクラウディオ・アバド
現代を代表する指揮者だったクラウディオ・アバド。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・芸術監督を2002年に退任した後は、古巣のベルリンフィルにも客演しましたが、自身が設立した若手のオーケストラのマーラー室内管弦楽団やモーツァルト管弦楽団、さらに音楽監督を務めていたルツェルン祝祭管弦楽団などに注力しました。
オールスター・オーケストラ、ルツェルン祝祭管弦楽団
その中でもルツェルン祝祭管はアバドにとって別格だったのでしょう。夏のルツェルン音楽祭のために編成される臨時オーケストラで、マーラー室内管を母体にしたメンバーで結成され、さらにヨーロッパの一流オーケストラのメンバーが集結します。
その中には、クラリネットのザビーネ・マイヤー(Sabine Meyer)がいます。20世紀を代表する指揮者、ヘルベルト・フォン・カラヤンを語る上で必ず出てくる名前ですね。1955年から長期に渡ってベルリンフィルの芸術監督を務めていたカラヤンですが、1980年代以降はベルリンフィルと軋轢ができ始めます。ギクシャクするきっかけとなったのが、マイヤーの入団。オーケストラの団員の満場一致と芸術監督の両方の賛同が得られないと新しいメンバーが入団できない仕組みだったのですが、ベルリンフィルの団員が入団を拒否したにも関わらずカラヤンは強引に入団を進めようとします。試用期間の入団はあったものの正式入団することがなかったマイヤーですが、やはりカラヤンが着目しただけに実力はピカイチ。このルツェルン祝祭管でもクラリネットセクションを支えています。
また、第1ヴァイオリンには、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でコンサート・マスターを務めているセバスティアン・ブロイニンガー(Sebastian Breuninger)もいます。
ベルリンフィルの首席ヴィオラ奏者だったヴォルフラム・クリスト(Wolfram Christ)は2003年の「復活」にもいましたし、リッカルド・シャイーが音楽監督になった後の2019年のルツェルン音楽祭でも演奏していました。息の長いルツェルン・プレイヤーです。
マーラー室内管弦楽団の首席オーボエ奏者の日本人の吉井瑞穂さんもいましたし、、モーツァルト管のメンバーで現在はコンセルトヘボウ管で活躍するアルト・オーボエ奏者のミリアム・パストール・ブルゴス(Miriam Pastor Burgos)もいます。
音楽祭のために結成されたオーケストラなので、メンバーたちも一期一会の演奏会にやる気満々。アバドとみっちりとリハーサルをして演奏に臨んでいるので、アバドの作品解釈が隅々にまで浸透しています。アバドも全ての交響曲を暗譜で指揮しています。
臨時編成のオーケストラなので、音楽祭が終わると解散します。演奏が終わるとメンバーがそれぞれハグしたり、握手したりして演奏を労って「またね」のように声を掛けているのが印象的です。
第1番〜第7番がEuroArts、第9番はAccentusで
2003年の第2番「復活」から2009年の第1番「巨人」までの演奏はEuroArtsで、そして2010年の第9番はAccentusからDVD/Blu-rayがリリースされています。交響曲第8番「千人の交響曲」が無いので交響曲全集とはならず「選集」となりますし、交響曲第10番のアダージョ、そして交響曲「大地の歌」もありません。ただ、8曲の交響曲をこれだけのクオリティの高さで観られるのは贅沢なこと。
ルツェルン音楽祭の映像作品が2010年からアバド最後の2013年までAccentusが担当しているので、2009年まででEuroArtsの契約が切れたのでしょうか。
曲目 | 演奏 | レーベル |
---|---|---|
交響曲第1番「巨人」 | 2009年8月11〜15日 | EuroArts |
交響曲第2番「復活」 | 2003年8月21日 | EuroArts |
交響曲第3番 | 2007年8月19日 | EuroArts |
交響曲第4番 | 2009年8月21、22日 | EuroArts |
交響曲第5番 | 2004年8月18、19日 | EuroArts |
交響曲第6番「悲劇的」 | 2006年8月10日 | EuroArts |
交響曲第7番「夜の歌」 | 2005年8月17、18日 | EuroArts |
交響曲第9番 | 2010年8月19〜21日 | Accentus |
どちらもBlu-rayだと高精細な映像で、音質も素晴らしいです。カメラワークは両者で違いがありますね。EuroArtsのほうがカメラ切り替えがスムーズで、切り替わった後もズームイン・ズームアウトで滑らかに奏者を映します。Accentusだとパッとすぐ切り替わっちゃうので、ちょっと酔いそうになるときがありますし、楽器の手元しか映さなくて奏者の顔が見えないときがちょこちょこあります。私はEuroArtsのほうが好みですね。もう一社の映像レーベルのC Majorよりはマシだと思いますが。
オーケストラのフォーメーションは通常配置
オーケストラの配置は指揮者の考えやオーケストラの伝統によって変わりますが、アバド自身は対向配置(両翼配置)ではなく通常配置をよく取っています。アバドが対向配置をしているのを私は見たことがないです。ルツェルン祝祭管でも通常配置となっています。
例えば、こちらはマーラーの交響曲第5番(2004年)のときの画像ですが、指揮者のアバドから見て最左から右へ第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラとなっています。コントラバスはヴィオラの後ろに構えています。
ルツェルン・カルチャー・コングレス・センター (KKL)
演奏場所は全てスイス・ルツェルンのカルチャー・コングレス・センター。ドイツ語で Kultur und Kongresszentrum Luzernなので、略してKKLと呼ばれています。
コンサート・ホールのタイプにはヴィンヤード(ぶどう畑)型とシューボックス(靴箱)型と二分されますが、KKLはシューボックス型でしょうか。オーケストラの背後とパイプオルガンの間にも客席があるのが特徴的です。
それではアバドとルツェルン祝祭管のマーラーの交響曲録音を演奏順に紹介していきます。
交響曲第2番 ハ短調「復活」 2003年
2003年8月21日のルツェルン音楽祭でのライヴ。
ベルリンフィル退任直後のアバド
アバドは2002年にベルリンフィルの主席指揮者のポジションを退任し、サイモン・ラトルに引継ぎました。この2003年のルツェルン音楽祭はその直後ということもあり、ガリガリに痩せてしまい、指揮の動きが小さくなっていった最晩年のアバドに比べると、まだまだ元気そうで動きも大きいです。
ベルリンフィルを一時退団したエマニュエル・パユも
フルートには、エマニュエル・パユがいます。2000年にベルリンフィルを一時退団し、その後2002年に復帰するのですが、2003年はルツェルン祝祭管にも参加していたのですね。
交響曲第5番 嬰ハ短調 2004年
2004年8月18、19日のライヴ。アバドのマーラー交響曲第5番と言えば、ベルリンフィルとの1993年のライヴ録音があります。第1楽章での吠えるような金管や、アバドらしいほとばしる情熱がある反面、クールで知的な面もあり、緩急を巧みにつけた演奏でした。
マウリツィオ・ポリーニも鑑賞
演奏が始まる前に、拍手をしている客席が映されますが、そこにはクラウディオ・アバドの盟友でもあるピアニスト、マウリツィオ・ポリーニの姿も。
この演奏会では、盟友ポリーニをピアノ独奏に迎えてベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番も演奏していました。このマーラー交響曲選集のBlu-rayには収録されていませんでしたが、別のDVD(クラウディオ・アバド レトロスペクティブ)には含まれています。協奏曲の演奏後に、ポリーニも聴き手としてマーラーの交響曲第5番を聴いていたんですね。
このルツェルン祝祭管との演奏では、さらに作品の解釈が深まり、アバドの意志とオーケストラが一心同体になって名演を繰り広げます。情熱的なのですが、何より驚かされるのがハーモニー。全く粗がなく完璧です。
交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」 2005年
2005年8月17、18日のルツェルン音楽祭でのライヴ。この曲は無調のような儚さがありますが、アバドは近代的な響きを強調するのではなく、交響曲第5番の延長にある作品のように扱い、情熱的に演奏していきます。この交響曲がここまで熱いのは初めて聴きました。
交響曲第6番 イ短調「悲劇的」2006年
2006年8月10日のライヴ。1日だけの1発撮りですが、完璧な演奏でした。曲の演奏順は第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォで、現在の正統的な順番で演奏しています。
アバドの「悲劇的」と言えば、2004年6月のベルリンフィルとのライヴ録音があり、英国グラモフォン賞を受賞するほど高い評価を得た録音でしたが、そのときに感じた知的さと情熱は、このルツェルンでの演奏でも変わりありません。
堅そうな金属製のハンマーを使用
第4楽章で登場するハンマーはこの曲の聴きどころです。使うハンマーは木槌だったり金属製だったり、オーケストラによって種類がまちまちですが、ルツェルン祝祭管のこのハンマーは持ち手が木製、打撃部が黒い金属製の硬そうなハンマーを使っていました。第4楽章で2発鳴らされています。
交響曲第3番 ニ短調 2007年
2007年8月19日のライヴ。こちらの記事でレビューをまとめています。メゾソプラノ(コントラルト)はアンナ・ラーションが務めています。
私は2018年にボストンでアンドリス・ネルソンス指揮ボストン交響楽団のマーラーの交響曲第3番の演奏(FC2ブログ記事)を聴いて以来、この交響曲の虜になり、色々な録音を聴きましたが、このアバドとルツェルン祝祭管ほど深くて美しい演奏は聴いたことがありません。
この映像作品は、2009年のオランダのエジソン・クラシック賞のDVDコンサート部門を受賞しています。
演奏後の22秒の沈黙
第6楽章の最後の音が終わると、アバドは指揮棒をゆっくりと下ろし、胸の辺りで手を合わせて止まります。そして手を完全に下ろすまでの22秒間、聴衆はしんと沈黙したままアバドの様子を見守っています。アバドの手が下りると「ブラボー」の掛け声と温かい拍手が起こりますが、聴き手もこの名演の余韻に浸っていたのでしょう。
交響曲第1番 ニ長調「巨人」 2009年
2009年8月11〜15日のライヴ。プログラムの前半はプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番も演奏され、ピアノ独奏はユジャ・ワンが務めました。後半がマーラーの交響曲第1番「巨人」。
指揮棒を使わず手だけで指揮するアバド
ここではピアノ協奏曲もマーラー「巨人」もどちらも指揮棒を使わずに手だけで指揮をしています。翌週の交響曲第4番の演奏会でもそうだったのですが、このときアバドは指揮棒を持たないやり方を挑戦したのでしょうか。
交響曲第4番 ト長調 2009年
そして「巨人」の翌週の2009年8月21、22日のコンサートでは、リュッケルト歌曲集と交響曲第4番を演奏しています。どちらもメゾソプラノはマグダレーナ・コジェナ。指揮者サイモン・ラトルの奥様でもあります。
指揮棒を使わず手だけで指揮するアバド
驚いたのアバドの指揮。指揮棒を使う映像しか見たことがなかったのですが、ここではリュッケルト歌曲集も交響曲第4番でも指揮棒を使わずに、手だけで指揮をしています。
マーラーの交響曲の中ではスケールがそれほど大きくなく、室内楽曲のような交響曲第4番だからこそ、より緻密なアンサンブルになるように手だけで指揮をしたのでしょうか。気のせいかいつも以上にギュッと密度が高いアンサンブルになっていると思います。
演奏後に鳴り止まない拍手に応えて
ルツェルン祝祭管のメンバーが退場後も、聴衆からの鳴り止まない拍手に応えて、アバドは一人でステージに再び登場しました。
交響曲第9番 ニ長調 2010年
2010年8月19〜21日のライヴ。
オーケストラのメンバー退場しても鳴り止まぬ拍手
ルツェルン祝祭管のメンバーが退場しても、まだまだ拍手が鳴り止みません。アバドが再びステージに現れました。ルツェルンに集まった聴衆も大満足の演奏でした。カーテンコールを見ても、アバドは本当に謙虚なんだなと感じます。ドヤ顔や傲慢な態度を微塵も感じさせません。
まとめ
クラウディオ・アバドが晩年に残した最高峰のマーラー。映像で観ることができ、私の中ではマスト・バイです。特にアバドが得意とした第5番はやはり素晴らしいですし、奥深さを感じる第3番と第9番が特に良いと思います。
オススメ度
【第2番】
ソプラノ:エテーリ・グヴァザーヴァ
コントラルト:アンナ・ラーション
オルフェオン・ドノスティアラ合唱団
【第3番】
コントラルト:アンナ・ラーション
アルノルト・シェーンベルク合唱団(女声合唱団)
テルツ少年合唱団
【第4番、リュッケルト】
メゾソプラノ:マグダレーナ・コジェナ
指揮:クラウディオ・アバド
ルツェルン祝祭管弦楽団
録音:2003年8月21日(第2番), 2004年8月18,19日(第5番), 2005年8月17, 18日(第7番), 2006年8月10日(第6番), 2007年8月19日(第3番), 2009年8月11-15日(第1番), 2009年8月21, 22日(第4番), 2010年8月19-21日(第9番), ルツェルン・カルチャー・コングレス・センター(ライヴ)
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試聴
EuroArtsのページで視聴可能。
iTunesで「予告編」をクリックして視聴可能。
Amazon Primeビデオで全曲視聴可能。
受賞
交響曲第3番が2009年のオランダ・エジソン賞の「DVD Concerten (コンサート)」を受賞。
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