このアルバムの3つのポイント

シューベルト後期ピアノソナタ集 マウリツィオ・ポリーニ(1983ー87年)
シューベルト後期ピアノソナタ集 マウリツィオ・ポリーニ(1983ー87年)
  • 圧倒的なピアニズムと歌心!ポリーニによるシューベルトの後期作品
  • 慣習的に省略されるリピートも忠実に
  • レコードアカデミー賞受賞!

1960年のショパン国際コンクールで優勝し、従来のショパンのイメージをがらっと変えたマウリツィオ・ポリーニ。審査委員長を務めたポーランド出身で20世紀を代表するピアニストだったアルトゥール・ルービンシュタインから「既に(技術的には)我々審査員の誰よりもうまい」と言わしめたポリーニの演奏。

そして一旦は表舞台から姿を消して、研鑽を積んでからのレコーディング再デビューでは1968年のショパン・リサイタルや、1972年のエチュード全集(FC2ブログ記事)で速いテンポで低音をガンガン鳴らす雄大な演奏をおこない、さらに1999年のバラード全集ではさらにヴァーグナーのオペラのようにピアノを鳴らしきった演奏でした。

圧倒的な技術力とダイナミズムで従来の繊細なショパンのイメージをガラッと変えました。

同じことがシューベルトにも起こったと私は考えています。

例えば、マウリツィオ・ポリーニが1973年に録音した「さすらい人幻想曲」(FC2ブログ記事)。大音量で響かせたシンフォニックで圧倒的な技術力を持つ演奏で、これまで聴いた「さすらい人」とは全く違う衝撃を受けました。

そしてもう1つのアルバムが1983年から87年に録音したシューベルトの後期作品集。ピアノソナタ第19番 ハ短調 D958、第20番 イ長調 D959、第21番 変ロ長調 D960、アレグレット ハ短調 D915、3つの小品 D946の5作品が収録されています。

シューベルトの後期の作品は、侘び寂びという言葉が似合うと思います。特にピアノソナタ第21番の第1楽章。ポツリ、ポツリとつぶやくようなしみじみとした旋律に、私はなぜか日本庭園のししおどしの風景を思い浮かべます。

その後期の作品をポリーニは圧倒的なピアニズムと歌心で表現しています。1970年代の特徴の大理石のように磨き上げられたポリーニのピアノ奏法も、1980年代になってくると変化が出てきて、ペダルを多用したレガートな演奏になってきたと感じます。

まず第1曲目がピアノソナタ第19番ハ短調D958。調性は違いますが、同じくパリのサル・ワグラムで録音した1968年のショパン作品集で聴いたポロネーズ第5番を思い出しました。暗黒の世界に引きずり込むような圧倒的な演奏です。

ただテンポの速さと技術で演奏するだけではなく、シューベルトの旋律も歌うように美しく表現されています。圧倒的なピアニズムと歌心、これがポリーニのシューベルトの特徴だと思います。

ピアノソナタ第20番イ長調D959はこのアルバムで最初の1983年にウィーンの楽友協会・大ホール(ムジークフェラインザール)で録音されましたが、惜しくもこの曲だけ音質が明らかに劣っています。輪郭がぼやけていて、音も発散気味で、さらに残響が残ってしまって音色が濁ってしまっています。

ポリーニの演奏自体は旋律の引き出し方や低音を鳴らしたダイナミックな演奏で圧巻です。

ピアノソナタ第21番とアレグレットD915がミュンヘンのヘラクレス・ザールでの録音。ポリーニがセッション録音でよく使う場所ですし、大ホールにしては収容人数が少なめですが、音質が良いためバイエルン放送交響楽団が本拠地として使っているホールです。やはり音質は良いですね。

この曲でもポリーニはレガートな奏法でペダルを多用しています。さすがだなと思うのが、第1楽章のリピート。シューベルトが書いた楽譜には5ページ目に繰り返し記号があって、ポリーニの場合5分5秒の演奏の後に、また1ページ目の振り出しに戻っています。繰り返し1回目の終盤では楽譜のmf の部分でスキップするように軽やかな足取りになるのですが、強烈なフォルテッシモ(ff)で元の世界に戻され、低音のフォルツァティッシモ(ffz)でのトリルが地響きのように轟き、幻想的な冒頭に戻るという楽想です。

繰り返し記号があるシューベルトのピアノソナタD960の第1楽章
繰り返し記号があるシューベルトのピアノソナタD960の第1楽章 IMSLP15529より引用

ただ、シューベルト弾きと呼ばれるピアニストでもこれを無視して繰り返さないこともあります。例えば、アルフレート・ブレンデル。ピアノソナタ第21番を4回も録音していますが、1971年(第1楽章の演奏時間は14:35)、1988年(14:47)、1997年(15:02)、2008年(15:17)の録音全て繰り返しは省略しています。それなのに、同じく繰り返し記号を省略されることもあるベートーヴェンのピアノソナタ第23番「熱情」の第3楽章では、1970年と1994年の2回の録音とも繰り返しを守っています。「天国的な長さ」と表現されるシューベルトの作品では繰り返すことで音楽が間延びすると考えたのかもしれません。

ところがポリーニはこの省略を忠実に守っているのです。なのでやや速めのテンポとは言え演奏時間は18分57秒。ところが、全くその音楽が弛緩することはなく、ポリーニのすさまじい集中力で聴き手もあっという間に聴き終わってしまいます。演奏はフォルテでは力強く、強靭ささえ感じます。侘び寂びのシューベルトのイメージが、これを聴くと健康的な印象に変わります。低音のトリルもまるでティンパニの響きを彷彿とさせるような劇的な効果を生み出しています。それでいて、旋律の歌わせ方が見事です。

アレグレット ハ短調D915は5分程度(ポリーニの場合5分16秒)の短い作品ですが、怖さと物悲しさが詰まっています。ポリーニはこの曲をD960と同じくヘラクレス・ザールで録音しましたが、ピリッとした緊迫感と中間部の穏やかさの対比が見事です。

3つの小品D946はピアノソナタ第19番D958と同じくパリのサル・ワグラムで録音されました。

この作品はシューベルトのピアノ作品で私が最も好きな楽曲で、特に第2曲はシューベルトらしい歌曲のような旋律が満載です。この曲に初めて出逢ったのは知り合いの音大生のピアノ演奏会でした。知人はフランツ・リストの難曲「タランテラ」を弾いたのですが、その出番の前に別の生徒さんが弾いたのが、この「3つの小品D946」。第1曲から引きずり込まれるように聴き入ってしまい、そして第2曲でこんなに歌が溢れているのかと感動したことを今でも覚えています。それを聴いてすぐに楽譜を購入し、自分でもその年のピアノの発表会で演奏したのも良い思い出です。

このポリーニの演奏は、完璧と言えるでしょう。第1曲から圧倒的なピアニズムで魅了してくれますし、第2曲は本当に美しい。そして第3曲はハツラツとしてダイナミックさに満ちています。

マウリツィオ・ポリーニが1980年代に取り組んだシューベルトの後期作品集。圧倒的なピアニズムと歌心にただただ感動します。

オススメ度

評価 :5/5。

ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ
録音:1983年12月, ウィーン楽友協会・大ホール(D959)
1985年6月, パリ・サル・ワグラム(D946, D958)
1985年9月(D915), 1987年6月(D960), ミュンヘン・ヘラクレス・ザール

iTunesで試聴可能。

日本の1988年度のレコード・アカデミー賞器楽部門を受賞。
米国の1988年グラミー賞の「BEST CLASSICAL PERFORMANCE – INSTRUMENTAL SOLOIST(S) (WITHOUT ORCHESTRA)」にノミネートされるも受賞ならず。

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