このアルバムの3つのポイント

バッハ ピアノ・トランスクリプションズ 福間洸太朗(2020年)
バッハ ピアノ・トランスクリプションズ 福間洸太朗(2020年)
  • コロナ下で人々が求めたバッハの曲
  • 慈愛に満ちたピアノの響き
  • 福間洸太朗自身の編曲も

昨年リリースされたベートーヴェンのピアノ・ソナタ集に続く、ピアニストの福間 洸太朗(ふくま こうたろう)さんの新リリースはバッハ。

2020年はコロナ禍の影響で、演奏会が延期・中止となり、福間さん自身も不安を感じたと言います。そんな中、SNSでどんな音楽を聴きたいか尋ねたところ、多くの人が「バッハ」と答えたそうです。

コロナ下の人々が求めた音楽がバッハ。福間さんもバッハを弾いてみたいと考えていたそうですが、SNSでリクエストしたものが演奏されるようになるとは、今時ですね。

今回紹介するアルバムは「バッハ ピアノ・トランスクリプションズ」。バッハの曲と言っても、バッハが作曲した音楽を往年のピアニストや音楽家が「編曲」した以下の12曲が収録されています。

  1.  アリア「羊は安らかに草を食み」~カンタータ「わが楽しみは元気な狩のみ」BWV 208より(編曲:エゴン・ペトリ)
  2. コラール「目覚めよ、と呼ぶ声あり」BWV 645(編曲:フェルッチョ・ブゾーニ)
  3. コラール「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」BWV 659(編曲:フェルッチョ・ブゾーニ)
  4. コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV 639(編曲:フェルッチョ・ブゾーニ)
  5. コラール「主よ、人の望みの喜びよ」~カンタータ「心と口と行いと命もて」BWV 147より(編曲:マイラ・ヘス)
  6. シンフォニア(序曲)~カンタータ「神よ、われら汝に感謝す」BWV 29より(編曲:カミーユ・サン=サーンス)
  7. 前奏曲とフーガ イ短調 BWV 543(編曲:フランツ・リスト)
  8. シチリアーノ~フルート・ソナタ 変ホ長調 BWV1031より(編曲:ヴィルヘルム・ケンプ)
  9. シャコンヌ ~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004より(編曲:ヨハネス・ブラームス)
  10. アリア「憐れみ給え、わが神よ」~マタイ受難曲 BWV 244より(編曲:福間洸太朗)
  11. パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582(編曲:オイゲン・ダルベール)
  12. コラール「バビロンの流れのほとりにて」BWV653(編曲:サムイル・フェインベルク)

ブゾーニの編曲が多いですが、7番の前奏曲とフーガは名ピアニストで作曲家としても有名なフランツ・リスト。そして8番のシチリアーノは名ピアニストのヴィルヘルム・ケンプの編曲ですし、9番のシャコンヌはブラームスが編曲したもの。

さらに、福間さん自身の編曲が10番のアリア「憐れみ給え、わが神よ」。CDのブックレットに福間さんの解説が載っていますが、これは作曲家の武満徹が好んだ曲で、新作に取り掛かる前にこの曲を弾いたというエピソードがあるそうです。2007年におこなった「ピアノによる武満徹へのオマージュ」という演奏会で初披露したそうです。

録音会場の相模湖交流センターのラックスマンホールは、HPによるとベーゼンドルファーのModel 275を保有しているとのことですが、今回の録音で福間さんが使用したピアノはベヒシュタインのModel D282です。ベヒシュタインをコンサートホールに持ち込んだわけですね。

このアルバムはまさにコロナ下で聴いて欲しい1枚。どれもじっくりとピアノに向き合って取り組んだ感じがして、慈愛に満ちた演奏です。

何よりも選曲が見事で、最初の「羊は安らかに草を食み」が少しウキウキした気持ちで静かに始まり、第2曲の「目覚めよ、と呼ぶ声あり」はしんみりと。そして「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」では告白をして救いを求めるかのような自省的な曲。

1曲1曲がキャラクターが違うのですが、連続して聴いていっても飽きが来ない、そんな選曲になっています。アルバムの最初か最後に持っていきがちな定番の「主よ、人の望みの喜びよ」を中盤の第5曲に置いているのも絶妙です。ここで来たか、という気分になります。

印象的だったのはケンプが編曲した「シチリアーノ」。切ないメロディなのですが、メロディよりも伴奏がなぜか気になる不思議な曲です。

リストが編曲した「前奏曲とフーガイ短調BWV543」は、バッハの音楽がヴィルトゥオーソに様変わりしています。

情熱的なブラームス編曲のシャコンヌも、バッハというよりもブラームスの個性が出ていすね。

ただ、せっかくバッハを聴けるなら、平均律クラヴィーア曲集や6つのパルティータ、イタリア協奏曲あたりの、「編曲もの」ではないバッハを聴きたかったものですが、贅沢でしょうか。

SNSで集まったコロナ下の人々のバッハの願い。福間さんのピアノは慈愛に満ちていて、コロナ禍の不安や焦りを忘れさせてくれます。気付いたら聴き終わって最初からリピートで聴いてしまったアルバムです。

オススメ度

評価 :3/5。

ピアノ:福間 洸太朗
録音:2020年10月20-22日, 相模湖交流センター, ラックスマンホール

iTunesで試聴可能。

新譜のため未定。

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