指揮者のオーケストラの力量が試されるマーラーの交響曲
グスタフ・マーラーは、ユダヤ人だったいうことで戦時中は彼の作品の演奏が禁止されていたぐらいでした。1960年代に2人の指揮者レナード・バーンスタインとゲオルグ・ショルティの録音や演奏によって理解が広まり、1970年代にはついにあのヘルベルト・フォン・カラヤンも指揮するほどになりました。
マーラーの作品は難解で長大なので、一般ウケはしないのですが、一度味わってしまうともうマーラーの無い音楽は有りえないほどになってしまいます。作品の解釈の深さも求められますし、技巧的にも難易度も高いので、今では指揮者やオーケストラの力量が試される作品となって、主流なレパートリーとなっています。
マーラーには人生に対する絶望や悲しさを表した作品も多いのですが、私もペシミストなので、マーラーの旋律が心に突き刺さります。
全集・選集のオススメ
アバド/ルツェルン祝祭管 〜マーラー交響曲選集 (2003-10年)〜
比較的最近だと、クラウディオ・アバドとルツェルン祝祭管弦楽団のライヴ映像作品がダントツでオススメです。全集ではなく、第8番「千人の交響曲」だけが無いですが、それ以外は高解像度の映像で見ることができます。マーラーの交響曲を映像で見ることで、楽譜に指示にある楽器を持ち上げている様子なども見ることができます。アバドの深い解釈と、ルツェルン祝祭管との息のあったコンビで演奏も素晴らしいです。
シャイー/ゲヴァントハウス管 〜マーラー交響曲選集 (2011-15年)〜
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスターに就任してから、目をみはる活躍をしたのがリッカルド・シャイー。
ベルリン放送響やコンセルトヘボウ管とのマーラー交響曲全集もありますが、2011年のマーラー生誕100周年のコンサートから始めたゲヴァントハウス管とのマーラー・チクルスは全くの別物。
かつてゲヴァントハウス管で指揮をし、マーラーとも親交の厚かったブルーノ・ワルターの楽譜を研究し、早目のテンポで重厚な演奏を聴かせてくれます。
第3番だけ急病のため演奏できませんが、それ以外の交響曲第1番から第9番までが映像で堪能できます。
ショルティ/シカゴ響 〜マーラー交響曲全集 (1970-1983年)〜
サー・ゲオルグ・ショルティは第1回目のマーラー交響曲全集を、ロンドン交響楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、シカゴ交響楽団を振り分けて完成させましたが、シカゴ響との出来栄えに大満足で、シカゴ響とだけで全集を完成させています。オーソドックスな解釈で、スーパーオーケストラの力量を惜しみなく出し切った名演の数々です。
交響曲第1番「巨人」のオススメ
ジュリーニ/シカゴ響 (1971年)
シカゴ交響楽団の首席客演指揮者を務めていたカルロ・マリア・ジュリーニとの録音。シカゴ響のパワフルさもすごいですが、ジュリーニらしく旋律に満ちていてまるで物語を見るような描写が見事です。米国グラミー賞を受賞した名盤です。
交響曲第2番「復活」のオススメ
交響曲第3番のオススメ
私が一番好きな交響曲がこの第3番。6楽章もあり、全曲で演奏時間が90分も掛かる大作ですが、最後の楽章は天にも昇るような美しさ。長大な作品と声楽、合唱も含まれるので指揮やオーケストラにとっても演奏するのが大変ですが、名演を聴いたときの感動もひとしおです。
アバド/ルツェルン祝祭管 (2007年)
クラウディオ・アバドは晩年にルツェルン祝祭管弦楽団との関係を深め、じっくりと作品と向き合ってルツェルン音楽祭で披露していました。マーラーの交響曲第3番の映像もEuroArtsからリリースされていますが、最後の音が終わってから22秒も沈黙が続いた後に、アバドの指揮棒が下りると聴衆から「ブラボー」と温かい拍手。演奏者だけではなく、聴衆も音楽作りに参加しているような印象でした。
こちらの映像作品は2009年のオランダのエジソン賞DVDコンサート部門を受賞。
ヤンソンス/コンセルトヘボウ管 (2010年)
マーラーの生誕150年にあたる2011年に向けて、9人の指揮者がロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団を振り分けて10個の交響曲と大地の歌をライヴ録音したもの。第3番は当時首席指揮者だったマリス・ヤンソンスが指揮して、コンセルトヘボウ・サウンドを最大限引き出した崇高な演奏に仕上げています。
交響曲第4番のオススメ
ショルティ/シカゴ響 (1983年)
ショルティ/シカゴ響の録音で、ソプラノ独唱はキリ・テ・カナワ。
交響曲第5番のオススメ
ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」の動機に似たファンファーレから始まる交響曲。これまでの東洋的な作品と異なり、荒々しさも感じられる野心作。声楽を含まない管弦楽だけの作品です。
ラトル/ベルリンフィル (2002年)
サー・サイモン・ラトルがベルリンフィルの首席指揮者に就任した2002年9月、ラトルは早速ベルリンフィルとマーラーの交響曲第5番をライヴ録音しています。
ベルリンフィルの総力を引き出した演奏で、ドイツのエコー賞とオランダのエジソン賞をダブル受賞した名盤です。
マーラーの第一人者によるえぐるような悲痛さ バーンスタイン/ウィーンフィル (1987年)
激しさと官能的な交響曲第5番とは一線を画すのが、マーラーの第一人者レナード・バーンスタインによるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した1987年9月のライヴ録音。
葬送行進曲のように重たい第1楽章が曲全体を支配し、心をえぐるような悲痛さが引き出されています。第4楽章でも決して聴きやすいロマンティックな演奏にはせず、不協和音を際立たせて悲痛さを際立たせています。唯一無二の演奏です。
ショルティ/シカゴ響 (1970年)
サー・ゲオルグ・ショルティは1969年にシカゴ交響楽団の首席指揮者に就任し、最初の演奏でマーラーの交響曲第5番を、そして最初の録音でもこの曲をレコーディングしました。ボルテージが高い圧倒的な演奏です。
バルビローリ/フィルハーモニア管 (1969年)
マーラーを得意とした指揮者サー・ジョン・バルビローリが1969年に英国ニュー・フィルハーモニア管弦楽団とセッション録音したのが交響曲第5番。ゆったりとしたテンポで旋律を引き出し、たっぷりと歌うような独特の演奏です。
番外編
カラヤンがマーラーを初録音!(1973年)
ヘルベルト・フォン・カラヤンはマーラーの作品を積極的には演奏しませんでしたが、ついに1973年に第5番を録音しました。マーラーに慣れていない感じがプンプンするカラヤンとベルリンフィルのぎこちない演奏ですが、「アダージョ・カラヤン」にも収録された第4楽章のアダージェットだけは格別。カラヤンならではの美学が現れた演奏になっています。
交響曲第6番「悲劇的」のオススメ
ショルティ/シカゴ響 (1970年)
シカゴ交響楽団の音楽監督となったゲオルグ・ショルティがシカゴ響と最初に録音したのがマーラーの交響曲第5番。その翌週に第6番「悲劇的」を録音しますが、こちらも名演。
速めのテンポで押し切って、容赦なく突き進む悲劇を表し、アンダンテではシカゴ響の官能美で魅力してくれます。
交響曲第7番「夜の歌」のオススメ
マーラーの交響曲の中では最も前衛的な作品が第7番。第2楽章と4楽章に「夜曲」があるために「夜の歌」という副題が付いていますが、親しみづらい作品ではあります。
ショルティ/シカゴ響 (1971年)
シカゴ交響楽団の音楽監督ゲオルグ・ショルティの初期の録音は名盤揃いですが、1971年5月に録音されたこの「夜の歌」もすごいです。
前衛的な作品ですがショルティの見通しの良い指揮で明瞭な音楽に仕上がっています。米国グラミー賞の「最優秀オーケストラ・パフォーマンス」を受賞しています。
ヤンソンス/コンセルトヘボウ管 (2016年)
2015年3月にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を退任したマリス・ヤンソンス。その後もコンセルトヘボウ管との良好な関係を築き、2016年9月にはマーラーの交響曲第7番「夜の歌」を演奏会で指揮しています。そのライヴ録音がこちらですが、難解な作品のはずなのに人間味ある温かさすら感じるヤンソンスの極上の音楽。まろやかなコンセルトヘボウ・サウンドも素晴らしいです。
交響曲第8番「千人の交響曲」のオススメ
ショルティ/シカゴ響(1971年)
シカゴ交響楽団は1971年夏に音楽監督のサー・ゲオルグ・ショルティ、首席客演指揮者のカルロ・マリア・ジュリーニとともに初めてヨーロッパ演奏旅行に出掛けました。シカゴ響のアーカイブ(CSO Archives)の記事に、詳細がありますが、15会場で25回の演奏会をおこなっています。
そのコンサートの合間にウィーンでセッション録音されたのがマーラーの交響曲第8番「千人の交響曲」。シカゴ響のみなぎるエネルギーも見事ですが、豪華な歌手陣や合唱たちの歌声が明瞭に聴こえて、実に力強いです。デッカ・レーベルならではのレコーディング技術も光ります。
米国グラミー賞の二冠を獲得した名盤です。
交響曲第9番のオススメ
この曲は名曲だけに名演揃いです。
ヤンソンス/バイエルン放送響 (2016年)
マリス・ヤンソンスはバイエルン放送交響楽団を指揮して、2016年10月にマーラーの交響曲第9番をライヴ録音しています。ヤンソンスらしくまろやかでじっくり考えられた音楽で、マーラーの傑作を最高の形で表現しています。
ハイティンク/バイエルン放送響 (2011年)
マリス・ヤンソンスの急病による代役でバイエルン放送響を指揮したベルナルト・ハイティンク。011年12月、ミュンヘンのフィルハーモニー・ガスタイクでのライヴ録音の交響曲第9番は、ドイツECHO Klassik2013の最優秀管弦楽録音(Sinfonische Einspielung des Jahres)と、マーラー賞(Toblacher Komponierhäuschen)2012を受賞しています。
カラヤン&ベルリン2回目のライヴ録音によるマーラーの第9番(1982年)
ヘルベルト・フォン・カラヤンはマーラーの交響曲第9番については2回録音しており、1979年から80年のセッション録音も濃厚さと耽美さがあり英国グラモフォン賞を受賞しています。
2回目は1982年9月のライヴ録音で、解釈はより自然体になり、そして「死」のテーマへの関連性が強く出ています。
第4楽章の儚さと美しさは比類無きものです。日本のレコード・アカデミー賞と英国グラモフォン賞を受賞した名盤です。
ショルティ2回目の録音にしてシカゴ響との共演(1982年)
先程のカラヤンと同じく1982年に(5月)、2回目の交響曲第9番の録音をおこなったのがサー・ゲオルグ・ショルティ。ロンドン交響楽団以来15年ぶりの再録でしたが、別人のように違うアプローチを取っています。次に紹介するジュリーニの演奏を研究したかのように、ゆったりとしたテンポで歌うように演奏される第1楽章と第4楽章。そして第3楽章ロンド=ブルレスケでのショルティらしいキビキビとした演奏も聴きどころ。
米国グラミー賞で「最優秀オーケストラ・パフォーマンス」、「最優秀クラシカル・アルバム」、「最優秀アルバム技術賞」の三冠を受賞した名盤です。
ジュリーニ/シカゴ響 (1976年)
ジュリーニ/シカゴ響の録音は忘れてはいけないでしょう。世界各国の音楽賞を受賞した、名盤中の名盤です。マーラーの作品から毒々しさを取り除き、ピュアな美しさを引き出したジュリーニの名演です。
バルビローリ/ベルリンフィル (1964年)
ベルリンフィルの楽団長の希望で1964年1月にベルリンフィルに客演することになったイギリスの指揮者、サー・ジョン・バルビローリ。この時代にこれほどまでにマーラーを得意とする指揮者がいたのかとベルリンでセンセーショナルな評判となった演奏会だったようで、ベルリンフィルが感動してレコーディングもしたいと希望してセッション録音されたのがこのディスク。
ベルリンフィルから柔らかい音色と温かい旋律を引き出した名演でしょう。
番外編
レナード・バーンスタインがベルリンフィルを指揮!(1979年)
帝王ヘルベルト・フォン・カラヤンが警戒したとも言われるレナード・バーンスタイン。1979年に1度だけ、バーンスタインがベルリンフィルの指揮台に立つことがあり、マーラーの交響曲第9番が演奏されました。ベルリンフィルがいつもより熱く、濃厚な演奏を行ったライヴでした。
交響曲第10番のオススメ
マーラーの交響曲第10番は第1楽章だけがマーラー自身がオーケストレーションをほぼ完璧に施し、演奏できるレベルになっていますが、第2楽章以降は部分的に草稿が遺されています。国際グスタフ・マーラー協会は第1楽章の「アダージョ」だけを正式と認めていますが、近年ではデリック・クックなどの音楽学者が補筆した全楽章版で演奏することも多くなってきました。
サー・サイモン・ラトル指揮ベルリンフィルによる5楽章全曲版でのライヴ録音(1999年)
サイモン・ラトルは最新の音楽研究を続々と演奏に取り込んでいますが、マーラーの交響曲第10番についても、クック補筆版による5楽章の全曲での完全演奏をおこなっています。1999年のベルリンフィルとのライヴ録音は、ただ学術的な価値があるだけでなく、第9番の終楽章で天国へと昇った世界の続きを描くかのような複雑な音楽を見事に表現しています。
英国グラモフォン賞、米国グラミー賞、オランダのエジソン賞を受賞した名盤です。
シャイーによる交響曲全集の開始となったベルリン放送響との第10番(1986年)
まだ33歳という若さだったリッカルド・シャイーが当時首席指揮者を務めていたベルリン放送交響楽団(今のベルリン・ドイツ交響楽団)とクック補筆版(第3稿第1版)による交響曲第10番の録音がこちら。
シャイーのマーラーの交響曲全集の最初となったのですが、オペラで培った歌わせ方が見事でベルリン・ドイツ響の迫力あるサウンドも良いです。想像以上に素晴らしかった演奏。
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